奇跡が当たり前のように起きる、そんな時代の到来 その2

買い物に行くと行ってFethiyeに来たものの、


日常の事をするだけで3日間が過ぎていた。


その間にKonyaの友人から仕事のオファーが来たりもしていた。


土曜の午前中、友人Mから電話が入る。


娘の学校が始まるので、買い物に来てるの。


ショーコも良かったら出ていらっしゃいよ。


コーヒー飲みましょ。


というので、ショッピングセンターで待ち合わせる。


お腹が空いていたので、AVM(ショッピングセンター)の向かいのドネル屋に座って、


仕事のオファーがあった話をする。


あら、仕事したいの?どんな仕事?


トルコ語、英語、日本語を使える仕事かなあ・・・


あら、知ってる瞑想の先生が、彼のワークショップの通訳探してるわよ。紹介するわ。


離婚して3人の子どもたちを育てている彼女は、行動派で


早速その先生に電話する。


私たちAVMのカフェにいるから・・・


そんなわけで、私はアルンと出逢う事になったのだった・・・。



Life is a Journey  人生は旅

17年のブランクを経て 再度トルコに住み始めた私の徒然・・・

SHOKO

学生時代に自転車で日本各地を旅し、世界一周バックパッカー旅。

その経験から、卒業後はNGOに勤務していました。その時のキリム(トルコやその周辺諸国で織られている平織の織物)との出逢い
により、仕事を辞めイスタンブールに住むことに。

アンティークキリム、絨毯の最先端を行く、当時のイスタンブールを拠点に、ヨーロッパやアメリカで行われていたアンティークテキスタイルのコンフェレンス等にも行ったりしていました。

そして、隣国アルメニアへ行く途中通りがかったグルジアに住むことに。

当時のグルジアに住んでいた日

0コメント

  • 1000 / 1000